カテゴリ:教育にモノ申す( 16 )

今年も出た出た、東大・京大合格者ランキング

東大・京大には勉強さえできれば入れてしまう。
だから、東大・京大=エリートという図式は成り立たない。
それが最大の問題。

たしかに、エリートは勉強ができるが、その逆は真ではない。
今の受験の中では、勉強だけできて、人格的に問題のある輩、
後々ありえない事件を起こす肩書きだけエリートが混じってしまっている。

東大・京大の入学試験が変わらなければ今の受験制度は変わらないだろう。

東大・京大が勉強ができるだけではダメだということを示せば、
誰もが納得するだろう。
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by taji-kistan | 2008-03-16 22:39 | 教育にモノ申す

ゆとり教育のしわ寄せというセリフ

あたかもゆとり教育が悪者のように聞こえるのは気のせいだろうか?
ゆとり教育に合わせて受験の制度を変えなかったから問題が起こっただけで、
別にゆとり教育に責任はないだろう。

ゆとり教育が悪いという世論を形成して、得をするのは一体誰だろう。
やっぱり塾か?

そういえば、どうも文科省は救済措置として上限70時間の補講で卒業できるようにするらしいけど、やっぱり受験そのものを見直そうと大学側に働きかける気はないのだろうか?

実際にはAO(AC)やらなんちゃら推薦で大学に入学してくる学生が増えているとも聞く。
そういう子達が確実に社会で頭角をあらわしてくれば、馬鹿みたいに受験のための詰め込み教育なんてしなくていいということになるんだけどな。
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by taji-kistan | 2006-11-02 19:15 | 教育にモノ申す

続・続履修問題

全国289の公立高校で履修漏れの生徒が計4万7094人、学校数で公立全体の7.1%、公立の履修漏れは全国で32都道県に上った。文部科学省の調査より 
時事通信)より抜粋 2006/10/30-11:00 履修不足4万7000人=公立高校で、文科相公表

そして、ついに学校への不信感をあらわにする高校生も登場してきたようですな。

全国各地の高校での履修単位不足問題で、北関東の私立高校に通う3年の男子生徒(18)が、毎日新聞に「時間割では『世界史』となっていたが、授業内容は『現代社会』だった」と「告発」を寄せた。各地の高校で問題が発覚しても学校側は問題であるとは認めていないという。高校生は「きちんとした説明がないのが気に入らない。『教育は人間形成のため』と言っておきながら、受験の結果を出すためには何でもやっていいというのは矛盾している」と学校側の姿勢に不信感を示している。 以下略
毎日新聞 2006年10月30日 3時00分履修不足:高3男子告発「学校は潔く認めて」 

少しでもまともな感覚をしていたら、今回の履修問題は「だまされた…学校ふざけるなよ」となるのは当然のことだろう。ただ、大事なお受験が控えているからそんなことどうでもいいと思っているのだろうか。

記事中で高校生が述べているように、「先生は『金を稼ぐために何をやってもいいというのはおかしい。社会のルールではやってはいけないことだ』と話していたのに、受験のためには何をやってもいいというのと同じではないか」である。今回違反した学校関係者は誰もホリエモンを批判できない、むしろ同類だってことだ。

いっそのことホリエモンを認めちゃえば??
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by taji-kistan | 2006-10-30 13:13 | 教育にモノ申す

尾木直樹

と聞いてピンと来た人は相当に社会情勢に関心を持っていますね。最近テレビで大活躍の教育評論家です。

巷では、高校の履修不足や生徒の自殺と教育現場をめぐる問題が祭り状態なわけでして、そういった話題のたびに尾木氏のご登場となるわけです。

教育評論家?なんかうさんくさい肩書きだなーと思って調べたらちゃんとした大学の教授の肩書きもお持ちで、さらに22年間教師として現場を見て、東大で非常勤講師をやっていたこともあるとのこと。うさんくさいだとか思ってすいませんでした(汗)

この人のけっこうぶっちゃけた感じのトークは好きです。履修問題の時も、30件くらいの段階で、0がもう一つ増えるでしょうね、とあっさりと言ったのが印象的です。他のコメンテーターはきれいごと、あるいはおまえ全然現場知らないだろうって発言が目立ちますからね。

著書を読んで研究しようかと思ったらなんと数は130を超えているらしいです。どれを読んだらいいのだろうかって感じです(汗)
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by taji-kistan | 2006-10-29 20:23 | 教育にモノ申す

履修以外にも

自殺の問題もありますな。

いい加減いじめの事実が認められなかったとかなんとかいう滑稽な会見を見るのにも飽きたな。

生徒がいじめ以外の理由で自殺するほうがむしろマレだっつうの。

あるとしたら、ずっと成績トップだった生徒が1位の座から陥落してそのことに悲観してしまったとか、失恋のショックとかか?

とはいえ、遺書が見つかっている時点でアウトだろ。

自殺者が出たら、理由に関わらずその学校の責任者および担任に処分を下すようにすべきだと思う。

そしたら、自殺させないように必死に生徒のこと見るんじゃないの?

だいたい自殺したのに理由なんて関係なくない?

学校は自殺をしないような心の教育をできなかったこと自体が問題なんだいからさ。

いじめをなくすなんてのはきれいごとの話であって、学校以外でも大小のいじめがいっぱいあるわけだ。

学校で無理にイジメをなくそうとするより、イジメられても自殺しない教育をするほうがよっぽど現実的だと思うんだけどね。
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by taji-kistan | 2006-10-29 19:49 | 教育にモノ申す

履修問題はどんどん広がる

なんか軽く100校超えたみたいだね。

田舎の進学校で云々というシチュエーションはうちの高校にそっくりだけど、よく考えたら世界史も音楽も家庭科も保健も奇跡的に全部授業を受けた記憶がある。そこのところちょっと母校をえらいじゃんと思った。

まず間違いなく生徒は受験に要らない科目でも受けないと卒業できないなんて知らないよね。知ってたら受けなくていいなんて…ばれなきゃいいって思うか。

自分は高校生当時から、学校が受験を請け負う必要性はまったくないと考えてきたので、これをきっかけに学校のあり方や、あるいは受験制度そのものが変わっていってくれればと思う。この期に及んで制度を見直さないとか言い出したら、文科省なんかいらねーな。解体しちまえ。

ルールを破っていたことは絶対に悪い。しかるべき処分を下すべきだと思う。ただそのもとのルールが妥当だったのかどうか、文科省の頭のいいお偉いさんはその頭脳を使ってよく考えてもらいたい。1万を超える生徒に影響が出るとなると、一部の不正とは意味合いが異なってくる。
全国の高校があんたらの作ったカリキュラムにノーと言ってるんだよ。

そんなに時間数が足りないんなら、短絡的ではあるけれど義務教育を5歳からにして、中学か高校を4学年にすればいいじゃん。それと、入試を簡単にして大学でもっと実のある勉強をするっていう大学に行った人間なら誰でも思うことを素直にやればいいんだ。そんな極端なことをしないにしても現場と対話をしていくべきだ。制度が変わらないというあきらめがあるから教育委員会を含めて平然と不正を働くようになるのではないか?

まあ、なにより受験実績でしか学校の良し悪しを判断できない日本の価値観の貧しさだ。これは全国民が恥ずべきことだ。進学校は予備校と変わらないってのはまさにその通り。学校が予備校だったら本当の学校はどこだ??と言いたくなる。

学校の話になるとどうしても苛立ちを覚えてしまう。これくらいにしておこう。
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by taji-kistan | 2006-10-27 19:20 | 教育にモノ申す

でるわでるわ

2006/10/25 時事通信

 県立高校で必修とされている授業を実施していなかった問題で、岩手県内では31校で履修科目が不足するなどしていたことが25日、同県教育委員会の全校調査で分かった。
県教委によると、31校のうち生徒の卒業に影響があるのは27校という。


履修不足、31校に拡大=全校調査で判明-岩手県教委

関連記事:2006/10/24 時事通信3年生全員、1科目しか履修せず=卒業要件満たさず-富山県立高 

受験に偏った今の教育がおかしいとか、生徒にしわよせがいくのはおかしいとかそんな議論をする気はございません。

自分が言いたいのは、これで生徒は大事な事を学んだだろうってこと。ルールに無関心でいることほど危険なことはないということだ。今回生徒達がルールを破ったわけではないし、履修についての規則を知っている高校生なんて滅多にいないだろうが、知らなかったではすまされないことがあるということがよく分かっただろうと思う。

ルールがあって、その中でできる最善のことをする、これはスポーツの世界では当たり前のことなのだが現実世界ではルールが平気で破られているようだ。

理不尽なルールに縛られたくなければ、ルールを変えてくれる人を支持(あるいは自分がルールを変える)することだ。こんな履修の方法は意味がないと思おうが思うまいが、ルールとしてあるものは守らなければならないし、違反すればそれ相応の報いを受けることになる。まあ、何十校もの不備が見つかるという時点で、現状にそぐわない制度だっていうのがよく分かる。本当に今の制度がおかしいなら、まっとうな手続きをとって変えてくれればいい。ただそれだけのことだ。

卒業ができないかもしれないという危機的な状況を経験することは、当事者としてはしゃれにならないが、いい経験なのではないかと思う。どんな道徳よりも強烈なインパクトとして記憶に残るだろうし。あとは無事に生徒が卒業できればいいと切に願う。

でも、一方で学校側と生徒が一戦交えたらおもしろいなんて不謹慎なことを考えたりもしてしまう。その方がルールを変えるきっかけになるだろうからな。
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by taji-kistan | 2006-10-25 21:03 | 教育にモノ申す

賛否両論起こりそうだ

秋田市の学校法人「秋田経済法科大」(小泉健理事長)が10月、同大と、系列の秋田栄養短大に、茶髪とピアスを禁止する規則を設ける。

従わない場合には「懲戒」もあるが、指導に応じて改めた学生には褒賞金1万円が付いた学長賞を贈る“アメとムチ”を用意。文部科学省学生支援課も「聞いたことがない事例」と言う。

新たに制定された「学生の頭髪・装身具に関する要綱」では、男女とも、頭髪について「周囲に不快感を与える特異な髪形、染色、脱色は禁止」、装身具も「華美を避け、品位を保ち、ピアスは禁止」と明記した。該当する学生には、新設された教育指導室担当の教官らが指導。どうしても指導を受け入れない学生には、教授会に諮ったうえで注意処分などの「懲戒」もあり得るとする規定も盛り込んだ。 以下略 出典(読売新聞) - 9月29日
”学生の茶髪とピアス、やめれば現金1万・続ければ懲戒


ついに大学でも茶髪禁止があらわれたか。また、個人の自由が侵害されるとかいってもめるんだろうな。裁判とか起こるのかな??それくらい今時の学生は元気いいのかな??

しかしながら、在校生のファッションの自由を1万円で買おうなんてずいぶん安っぽいと思ってしまう。

茶髪が不快感を与えると理事長が判断したのはいいんだけど、この人が頭がちがちの旧人類だったらいやだなー。たしかに、見るからに不快な格好をした若者がいることは否めないけど、茶髪=乱れているという短絡的な思考はもう時代遅れだと思う。
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by taji-kistan | 2006-09-29 16:46 | 教育にモノ申す

不安産業

学力格差を煽ってぼろ儲けしているところがある。塾だ。

昨日も夏期講習で20万円以上の費用を出し、私立中学受験を目指すという親子が登場するテレビ番組があった。

勉強していい大学、いい企業に行くことが目標になった子供は、その目標が達成された時に一体なにを目標にして生きていくのか?

そんなに勉強が出来る子なら自分の将来くらい考えられるようになるというのなら問題はない。

でも、世の中そんなにうまくはできていない。勉強ばっかりやっていたら勉強しか出来ないのだ。ある意味専門性の原則がよく当てはまっている。

勉強マシーンをそんなに量産してどうするつもりなのかいなと思う。ちょっと前にそれが失敗したからゆとり教育を言い出したんとちがいますか??また逆戻りかい。

…なんて思ってしまうのだが、誰も彼もが学力低下を声高に叫ぶ。その声が大きくなるほどに塾が儲ける。実質塾に行かなければ私立中学に入学するのは無理だからだ。

塾で一生懸命勉強すること自体はいいと思う。ただ、一生懸命になる対象が塾である必要性もない。スポーツであれ音楽であれ本気になって取り組んできたことは必ず人生の役に立つ。

問題は学力の低下より、一生懸命になるものがない子供の生活ではないのだろうか。
ゲームやテレビに時間を垂れ流して漠然と過ごすよりは塾で勉強した方がまだましではあるが。

放課後の教育を金で買っていると思えばいいのかもしれない。

親はしっかりビジョンを持って子供を塾に通わせているのだろうか。
子供の適性を知った上で塾に通わせているのだろうか。
なんで学力が必要なんか、ちゃんと説明できるのだろうか。

日本得意の横並び主義と、子供が高学歴になるという自己満足が少なからずあるようであまり好ましく思えない。

ただ、公教育が一部では崩壊していることは残念ながら否めない。自分の通った中学もダメだった。問題は複雑でどこから手をつけたらいいのだろうか…

とにかく、学力低下で具体的に被害をこうむっているところが明確にならなければならないし、その人達がじゃあどんな能力を育ててほしいのか提案すべきだと思う。

今の学力低下の議論は前にも書いたが、なんで学力低下が悪いのかという実態が見えてこないのだ。数学の授業時間が減りました、数学の点数が低下しました、そんなの当たり前じゃ!と突っ込みたくなるようなことを平気で公表している。数学の点数が悪いとどんな産業会に悪影響があるのか、きちんと説明してほしい。ゴールが分からない。

学力低下論争は塾の陰謀であるとしか思えないのですがなにか。
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by taji-kistan | 2006-08-14 12:58 | 教育にモノ申す

生きる力ってなんだ?

ゆとり教育が批判され、
基礎学力をきちんとつけるべきという議論がなされている。

その根拠は、数学や国語、理科などのテストの点数が下がっているからだという。

教科内容を削ったのだからその教科の学力が落ちるのは当たり前だ。
その代わりに生きる力を養おうとしているのではなかったのか?

そもそも、目に見える学力ばっかりに気をとられているが、
誰かゆとり教育の結果生きる力が養えたかどうか評価したのか?

生きる力を学力で評価するというのはおかしな話だ。
長さを測らなければならないのに重さを量っているようなものだ。
まるっきりずれている。
まさか、文部科学省は評価の仕方も決めずにゆとり教育を始めたのだろうか?

ちゃんとした評価もせずに、ゆとり教育が失敗したと発言した
文部科学大臣には失望した。

そして、現場の先生が振り回される。ひどい話だ
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by taji-kistan | 2006-08-12 13:33 | 教育にモノ申す