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ひさびさの会話

忙しくてあまり練習に出てこれない博士課程の先輩とひさしぶりに競技場で会って、その後ご飯を食べにいきました。お気に入りの中華料理屋で秋の新料理を注文するというささやかな贅沢を楽しみつつ、トークがはずむはずむ(一方通行の疑惑もあるが)。結局3時間店にいました。店員さんごめんなさい。ひさしぶりの会話というのは、事務連絡的なやりとり以外で人と話すことができたのがひさしぶりだったということです。自分にとっては、調子どう?とか、昨日のテレビ見た?とか、そんな類のやりとりは全部事務連絡です。
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by taji-kistan | 2005-10-19 23:18 | 日常の出来事

これが現実

今日、人生初の中学生用110mHを体験しました。

途中でハードルを引っ掛けて、
9台目のインターバルを4歩、
10台目のインターバルは3歩に戻すという
器用だかなんだか分からない芸当をこなしつつ
16秒4というなんとも微妙なタイムでゴールしました。

走っていてリズムが悪いとは思っていましたが、
走りのビデオを見てその理由がはっきりしました。

リード脚がまったく引き込まれてないじゃん

ということです。

ビデオを見るまでそれに気づかなかった自分の運動センスの無さを悲観しつつ、
こんな走りを周りのみんなが見ていたと思うと、
めちゃくちゃ恥ずかしくなってきました。

考えてみれば、リード脚の振り戻しは意識できていませんでした。

リード脚が戻ってこないから、接地は身体重心よりもかなり前方になり
接地のたびに腰がつぶれていました。

その結果7台目のインターバルでバランスを崩し
その影響で9台目が4歩になってしまったのです。

7台目だけが悪かったのではなく、すでに1台目からダメなハードリングでした。

でも、自分の欠点が分かっただけでもいい経験になりました。
これで同じ失敗をする子に指導ができるようになるはずです。


〈ここからちょっと話が変わります〉
やったことない運動では、
自分がどんな運動をしているか分からない
ということを改めて認識することもできました。

私の例でも、たぶん映像で見なければ
リード脚が引き込まれていない
という事実を知らないまま終わっていたと思います。

映像で確認することで、
意図的にその部分を意識できるようになるのです。

ただし、見る観点が分かっていなければ
特徴はなにもは見えていないということになります。
映像を見て分かるということは、実は高度な技術を要します。

まあ最初は、そんな肩肘張らずに
一流選手と自分の動きを見比べて違いを見つけてみるとか
そんなことから始めればいいと思います。

映像の役割をコーチが果たすこともできます。
ただし、その場合は選手は自分の動きを見ることができないので、
選手の側に自分の動きをイメージする力が必要になります。
コーチは、いろいろな手を使って選手にイメージさせます。

そこで大事になってくるのが感覚です。

感覚が分からないことにはコーチはできません。
逆説的に言えば、感覚が分からないと選手はその運動ができません。

初めから運動ができちゃう人もいるのですが、
彼らは人間すべてが重力の重さを感じないのと同様に
その感覚を意識せずに運動ができるということなのです。
こういう人はなかなか自分の運動を修正できません。

そこで、ふと思い返してほしいのですが
我々人間の多くは意識せずに走ることができるのです。
ここに走りの修正の難しさがあります。

走りを修正する以前に、
自分の走りがどうなっているか理解することから始めないといけません。

その感覚を基にして動きの修正をする必要があります。
そうしないと、新しい感覚を覚えさせようにも、
元からある感覚が無意識に邪魔をしてしまい、
結局動きは変わらないのです。


いやー、ひとりごとでついつい熱くなってしまいました。
最近運動学に傾倒しているのがバレバレな文章ですね。
そして、勝手な持論なので参考程度にしてくださいね。
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by taji-kistan | 2005-10-19 21:00 | かけっこ【2007更新停止】

誰が言い出したの?

小泉チルドレンって言葉があっという間に流行してますね。
テレビをつければ必ず耳にします。

人々の心をぐぐっとつかんであっという間に市民権を得るフレーズ。

最初馬鹿にしていたつもりが、
いつのまにか自分も使うようになってたりなんかして。

自分はムネオハウスがかなり印象に残ってます。
今回の解散総選挙では刺客候補という言葉も出てきましたね。

古くはバカヤロー解散(1953年吉田茂内閣)とかありますね。

ある出来事に印象的なフレーズをつけるマスコミや政治家の
言葉のセンスに、さすがプロだなと思います。
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by taji-kistan | 2005-10-18 23:34 | 日常の出来事

わが母校その3 過去の教訓

それは私がインターハイに初出場する18年前の話です。

なんと、その年に女子はインターハイ総合優勝していたのです。
そして、それ以降パタッとインターハイ出場者はいなくなりました。
しかも18年間ずっと。

嘘のような本当の話、みごとな転落ぶりです。

埼玉栄は岐阜インターハイで0点に終わった後、
華麗なる復活を遂げましたが、我が高校はそうもいきませんでした。

要因のひとつははっきりしています。
この年の春、それまで毎年インターハイ出場者を輩出してこられた先生が
転勤されたのです。
総合優勝はその先生の忘れ形見的なモノでした。

それから18年、県大会を突破したのも一回だけという状況だったそうです。

しかも、その人は後に競輪S級に上りつめた、
いわば化け物級の身体能力を持った人でした。

つまり、この18年間指導体制が壊滅していたのです。
今の状況は良い循環が出来ているのですが、
この18年間は逆に悪循環に陥っていたのです。

ここに、私が気がかりな原因があるのです。

恩師の先生が転勤されたとき指導体制はどうなってしまうのか、
先生が変わっても揺らがない伝統が作られているのか

余計なおせっかいかもしれないですが、とても気になるのです。

せっかくインターハイを目指し、一生懸命がんばれる環境があります。
でも、その環境はもしかすると一瞬で崩れ落ちるかもしれないというのが
前例としてはっきりと残っているから気を抜けません。

ゼロからの出発は本当に辛いです。

初めて県大会に出たとき、
周りの高校が強そうに見えて本当にビビりました。
他の選手たちが仲良く話している中
とても細々とスタートを待っていました。

ようやく県大会で高校名が定着し、
違う地区の高校とも交流できるようになった、
こういうことができるありがたさを身をもって知りました。

まさに弱小チームが強くなっていく過程を
自らたどってきました。
本当に絵に描いたような話を体験したのです。

こうやって作り上げてきたブランドを、
自分の目が黒いうちにはまたゼロに戻したくない
それが、母校の陸上部への思い入れになっています。

だから、長期休暇のときには
必ず高校生といっしょに練習をしています。

そして、どうせやるなら上を目指せ!
うちの高校ならそれができるんだ!!

とか言って自分なりに生徒のやる気を上げようとしてみてます。

この気持ちを受け継いでくれる後継者を、
そして、生徒たちが自主的に活動が行える伝統を
作ることができたら安心して身を引こうと考えているのです。
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by taji-kistan | 2005-10-18 01:58 | いわゆる妄想

わが母校その2 チームの変貌

まず、変化は練習メニューに現れました。

簡単にいえば練習がハードになったのです。
まもなく二人の先輩が辛すぎるといってリタイアしました。

もちろん、それは現在も変わらず毎年練習のつらさが原因でやめる
生徒は数人出ています。

しかし、一年間練習をやってきたはずの先輩が立て続けにやめるというのは
今までどれだけ甘い練習をしていたのかを象徴的に物語る出来事でした。

でも、ハードな練習のおかげで私はみるみるパワーアップしたのです。

一応中学時代は県大会4位の実績があったものの、
上級生を相手にした県の新人大会でまさかの優勝。

九州新人でも2位に入ることができました。

今となっては、この頃の勢いを取り戻したいです、ホントに(涙)
この時初めてインターハイという言葉が目前に見えてきました。

2年生になって、故障もあってすんなりとはいきませんでしたが、
念願のインターハイ進出が叶いました。

先生は、就任2年目にして早くもチームを立て直したのです。

さらには、それを裏付けるようにチーム全体のレベルも上がり始め、
2年生の県新人戦では、男女リレーが決勝に残るまでになったのです。

正直、人材が豊富だったということは否定できませんが。
(全日本中学出場者3人、他の選手もほぼ県大会出場)

しかし、人材を腐らせることは簡単にできても
才能をそのまま伸ばしていくことは非常に難しいのです。

もし、選手の芽を潰していればその後の選手は入ってこなかったでしょう。

事実、その後インターハイで2位の成績を残した後輩は
私たちのチームの勢いを買って入学してくれたのです。

先生は、生徒の自由を尊重しつつ伸ばしていくのが抜群にうまいのです。
練習で特別なことはやりません。

ただ、知識に裏づけされた練習で体力は確実に向上していきました。

そして2000年、男女3つのリレー全て(当時)でインターハイ出場という
県下で約10年ぶりという快挙につながるのです。

たった3年にして、我が高校は県下の強豪校に名を連ねました。
そして、生徒たちの努力と先生の指導によってその名は今も保たれています。


しかし、この状況にも気が抜けないある歴史上の出来事があるのです。
この出来事を知らなければ、
インターハイ出場は楽しい思い出で終わっていたかもしれません。
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by taji-kistan | 2005-10-18 01:56 | いわゆる妄想

わが母校その1 弱小からのスタート

今年も新人戦の季節がやってきました。

この週末に陸上競技の九州新人戦があって、
うちの高校からも400m、800m、マイルリレーに参加し
全て入賞するという健闘をみせたようです。

別に自分が指導したわけではないけれど、
母校の活躍は単純にうれしいものです。

それに、陸上部に対する思いは人一倍強い理由があります。

注意:ここから先は長いながーい回顧録です。


今でこそ、うちの高校は県下で強豪校に数えられています。

2005年でインターハイに7年連続出場者を出しているのですが、
その一年目の出場者が私自身なのです。

それは18年ぶりのインターハイ出場でした。

それまでのうちの高校の陸上部は、
先輩たちや前の顧問の先生にはまことに失礼なんですが、
完全に弱小チームでした。

文字通りグラウンドの片隅で練習する肩身の狭い立場だったのです。

私が入学した年に、

男子で県大会に勝ち進んだのは私ともう一人の一年生だけでした。
(私の県は地区大会で6位入賞しないと県大会に進めない)

女子は、先輩が二人県大会まで勝ち残られたんですが、
県大会では全く戦えないレベル。

数年前の学校の広報誌を見たところ、
男子マイルが県大会出場を決めてみんなで涙して喜んだ
とあり、そのコメントが当時の状況を物語っていました。

だから、私自身入学した当初は
インターハイ出場したいなんて考えることもできませんでした。
本当に遠い雲の上の存在だったのです。

だが、天は私に味方しました。文字通り救世主があらわれたのです。

それが恩師である顧問の先生です。
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by taji-kistan | 2005-10-18 00:00 | いわゆる妄想

またひきこもった(爆)

土日は大学が検査で停電したためネットがつながりませんでした。

やったことといえば、

たまりにたまった情報の整理(丸一日を費やす)

家具の配置換え・掃除(未完・丸一日を費やす)

雨で部屋から出る元気が出ず、二日間ともひきこもってしまいました。

練習しろよーと思うんですけど身体が動かない。
うつなのか?ただの堕落なのか?

とにかくほとんど何も考えずにこれらの作業をやってました。

ちっぽけな二日間、
また時間の無駄遣い(あるいは浪費・垂れ流し)をしてしまった・・・
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by taji-kistan | 2005-10-17 08:00 | 日常の出来事

続・タジキスタン塾

今日は大学院受験生の勉強会で英語の解説をしました。

あいかわらずの口下手です。

さらに、段取りも悪かった。

受講してくれたみんなに申し訳ないという思いが
フツフツと湧いてきました。

解答を配って分からないところの質問を受け付ける
というスタイルはよくないですね。

ひたすらの沈黙・・・

耐え切れずごちゃごちゃと解説を始める自分。

見かねて、もう一人の先生役の子がよく出る単語を黒板に書いてくれました。


なにをやるにせよ、計画なしでうまくいくことなんてないですね。

反省。
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by taji-kistan | 2005-10-14 21:00 | 日常の出来事

ディベート

深夜番組でやってたのでついつい見入ってしまいました。

実際のディベート大会がどんなもんかは知らないですけど、
番組を見る限りでは、
資料集め、弁論内容の構成力、しゃべり方など
しっかりした型を持っておくことが重要なんですね。

ほとんど最初のプレゼンで勝負がついてしまう印象でした。

結局はプレゼン能力の高い人が強い。
これはたぶん社会に出てもいっしょですね。

才能、考え方の個性を発揮できるのはもっと上のレベルでのことで、
基本を押さえないと言いたいことさえ言えず不完全燃焼で終わる、
そんなことをテレビを見ながら感じてしまいました。


最後なぎらけん壱がディベートのプロに勝利したバトルがありました。

番組的に決まっていた演出かもしれませんが、

タレントの持つキャラクターという武器には
どんな理屈も屈してしまうのかなと思いました。

たしかに、迷ったら知ってる方を選ぶのが人間だしなー。
特に選挙なんかを見てれば常々そう思わざるをえません。

有名人のネームバリュー、キャラクターって強いですね。
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by taji-kistan | 2005-10-14 02:33 | 日常の出来事

日常の見方

自分が面白いことを言えないのは特別なことを経験していないからだと
ずっと思っていたんですけれど、

実際は違うんだなって最近うすうす感ずいてきてます。

同じことを経験しても、面白い話にできる人っているんですよね。
というより面白い人はみんなそうです。

その人の持って生まれた才能もあると思いますが、
後天的に身についたモノの見方によるものが大きいでしょう。

自分はというと、日常の経験を垂れ流しにしている感じです。
そして、ものごとを客観的に見ようとしすぎている気がします。
現象をとらえたらそれで満足しちゃって、感想が手抜きになってしまいます。
すごいとか楽しいとか、訴える力に乏しい言葉しか使えません。

ここに自分が面白くない人間である原因があるように思います。

せっかく話のネタになるような経験ができても、
感想がすごかったの一言では、そこで話は終わってしまいます。

自分の書いた文章を見ても思うんですが、冷たい感じがします。

親近感を持って読めないというか
常に分析的というか
なんか小難しいというか
重たい感じがするというか

つまりは、無意識に主観を排除しようとしているんです。
論文を読んでるみたいなんです。

文章にそれが出てしまうということは、
会話の中でもそうだということでしょう。

ぐだぐだと御託を並べていますが、
人が面白いと思うような文を書ける人がうらやましいんです。

トラックバック機能がせっかくあるので、
他の人のおもしろい(を自分が思う)文章を拾ってきたりしようかな。

こうやって、思ったからには実行しないとダメですもんね。

誰か忘れたけど、成功者が言ってました。

できないことはしょうがない、でもそれをほったらかすことは許されない

って。はい、もうちょっと面白い人間を目指します。


結局、陰鬱な自己分析に終わってしまって、
面白い人の特徴みたいなのは分からずじまいですね。
これじゃ他の人には読む価値ないですわ(爆)

他人に見せられる文章が書けるようになるのは遠い・・・
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by taji-kistan | 2005-10-13 23:52 | いわゆる妄想