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不安産業

学力格差を煽ってぼろ儲けしているところがある。塾だ。

昨日も夏期講習で20万円以上の費用を出し、私立中学受験を目指すという親子が登場するテレビ番組があった。

勉強していい大学、いい企業に行くことが目標になった子供は、その目標が達成された時に一体なにを目標にして生きていくのか?

そんなに勉強が出来る子なら自分の将来くらい考えられるようになるというのなら問題はない。

でも、世の中そんなにうまくはできていない。勉強ばっかりやっていたら勉強しか出来ないのだ。ある意味専門性の原則がよく当てはまっている。

勉強マシーンをそんなに量産してどうするつもりなのかいなと思う。ちょっと前にそれが失敗したからゆとり教育を言い出したんとちがいますか??また逆戻りかい。

…なんて思ってしまうのだが、誰も彼もが学力低下を声高に叫ぶ。その声が大きくなるほどに塾が儲ける。実質塾に行かなければ私立中学に入学するのは無理だからだ。

塾で一生懸命勉強すること自体はいいと思う。ただ、一生懸命になる対象が塾である必要性もない。スポーツであれ音楽であれ本気になって取り組んできたことは必ず人生の役に立つ。

問題は学力の低下より、一生懸命になるものがない子供の生活ではないのだろうか。
ゲームやテレビに時間を垂れ流して漠然と過ごすよりは塾で勉強した方がまだましではあるが。

放課後の教育を金で買っていると思えばいいのかもしれない。

親はしっかりビジョンを持って子供を塾に通わせているのだろうか。
子供の適性を知った上で塾に通わせているのだろうか。
なんで学力が必要なんか、ちゃんと説明できるのだろうか。

日本得意の横並び主義と、子供が高学歴になるという自己満足が少なからずあるようであまり好ましく思えない。

ただ、公教育が一部では崩壊していることは残念ながら否めない。自分の通った中学もダメだった。問題は複雑でどこから手をつけたらいいのだろうか…

とにかく、学力低下で具体的に被害をこうむっているところが明確にならなければならないし、その人達がじゃあどんな能力を育ててほしいのか提案すべきだと思う。

今の学力低下の議論は前にも書いたが、なんで学力低下が悪いのかという実態が見えてこないのだ。数学の授業時間が減りました、数学の点数が低下しました、そんなの当たり前じゃ!と突っ込みたくなるようなことを平気で公表している。数学の点数が悪いとどんな産業会に悪影響があるのか、きちんと説明してほしい。ゴールが分からない。

学力低下論争は塾の陰謀であるとしか思えないのですがなにか。
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by taji-kistan | 2006-08-14 12:58 | 教育にモノ申す

生きる力ってなんだ?

ゆとり教育が批判され、
基礎学力をきちんとつけるべきという議論がなされている。

その根拠は、数学や国語、理科などのテストの点数が下がっているからだという。

教科内容を削ったのだからその教科の学力が落ちるのは当たり前だ。
その代わりに生きる力を養おうとしているのではなかったのか?

そもそも、目に見える学力ばっかりに気をとられているが、
誰かゆとり教育の結果生きる力が養えたかどうか評価したのか?

生きる力を学力で評価するというのはおかしな話だ。
長さを測らなければならないのに重さを量っているようなものだ。
まるっきりずれている。
まさか、文部科学省は評価の仕方も決めずにゆとり教育を始めたのだろうか?

ちゃんとした評価もせずに、ゆとり教育が失敗したと発言した
文部科学大臣には失望した。

そして、現場の先生が振り回される。ひどい話だ
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by taji-kistan | 2006-08-12 13:33 | 教育にモノ申す

全て計算どおり【デスノート前編】

なにもうまくいったことないから、一度は言ってみたいセリフだな・・・

大多数の国民同様に漫画のデスノートを愛読(ジャンプの立ち読み・・・爆)していたので、いわば予備知識満載の状態で映画館へ向かうこととなった。

だから、先入観はめちゃくちゃあった。漫画や小説は頭の中で勝手にキャラ設定をしてしまうのでギャップが生まれてしまうのは仕方ない。だから原作を読んだ後に映画を見るのはあまり好きじゃないんだよな。でも自分がたまたま読んでたヤツが映画になることもあるか
…と前置きが長くなってしまった。

激しく違和感があったのはリュークの声だけだったからまあ合格点かな。自分の中では、リューク声はドラゴンボールのミスターポポ系の、ちょっと垢抜けない感じでいってほしかった。中村獅堂じゃちょっとかっこつけすぎで、リュークのユーモアな行動がひきたたない。

以降ネタばれを多分に含んでいるので注意。

まず、前編というくらいだからLは死ぬのかと思ってたら意外にもLと協力するところまで。
ということは、この時点でニアやメロの登場はほとんど考えられないということになる。
完全に原作と違う結末になる可能性が出てきた。後編を見ずにはいられなくなった。

月の恋人役というオリジナルのキャラが出てきたが、彼女の存在は原作でミサミサや高田清美を巧みに利用してきた月の性格を一回の上映で伝えるために作り出されたものだろう。

ただ、残念なのは、その冷酷さと作品全体に見られる月にはギャップがあるということ。劇中に出てくる月の印象を最後の1つのエピソードで払拭しきれていない感があった。劇中の月は神の領域には程遠くあくまでも正義感の強い学生だった。原作でたびたび出てくるダークサイドの表情をもっと効果的に演出してほしかった。バスジャック時や最後の事件での月の行動が完全な演技である、という強烈な印象が残らない。原作では、なるほどそう来たかという気持ちを超えて憎たらしさまで覚えたあの月の計算高さが、劇中では、こいつ賢いな、レベルで止まってしまっている。(とまあなにをマニアックなことを言っているのやら)

ああ、やっぱり原作を読まずに見てみたかった。そしたら間違いなく2倍は感動したはず。結果の見える心理戦って楽しくないよね。
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by taji-kistan | 2006-08-05 16:12 | エンタメ

亀田叩かれてるね

今度の亀田選手の問題でふと思うことがある。それは森喜朗が総理だったころの反応と似ているということだ。こいつらは私達とは違うんだ、本当の日本人はこんなんじゃないよ、というアピールをする。どうやら、現在TBSへの抗議とベネズエラ大使館への謝罪がものすごい量に達しているようだ。森喜朗の頃にも、マスコミ各社がこぞって総理の失言の数々を報道し、さらに総理が決まる課程が密室で行われたことをことさら強調し、民主主義が反映されいない、あいつは我々日本人が選んだ総理ではないと言っているようだった。なんだかんだで、みんな日本人としてのアイデンティティー持ってるじゃん、と感じる。日本人として恥ずかしい、世界から馬鹿にされたくないという気持ちをこれだけ多くの人が持っているということだと自分は思う。まあ、たかだかマスコミが作り上げたボクシング選手を日本人全てだと思うほど海外の人達も馬鹿ではないと思うが、それだけ亀田選手に影響力があったということだろう。それだけは紛れもない事実だ。
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by taji-kistan | 2006-08-04 16:04 | 日常の出来事